言とインドカレー

言語学と言語学オリンピック

エスペライゼーション アレンジルール

最高に面白いボードゲームエスペライゼーションのアレンジルールの紹介.部分的に適用できるものもあるので,お好みの調整をお試しください.

前提情報

本家エスペライゼーションのルールはここを読めば大体分かります

入手方法について: 前はBOOTHで買えたのですが,現在在庫なし,しかしホビージャパンで製品化される予定(しかもVR版もある??)という噂を聞きました.楽しみ〜〜〜!

2023/07/13追記: VR版のルールが公開されていることに気がつきました.用語が整理されていたり,初期セットアップが洗練されていたり,解明トークンのリソース管理(回答権+ヒント)が戦略的になっていたりしてとても良い感じです.解明中は答え手同士も基本的に新言語を使うことになっているのも良いですね.製品版の発売も楽しみです.

アレンジルールの必要性・目的

このゲームは基本的に大変良くできていて,一日中やっていても全然飽きないほど面白く,かつ言語学的にも非常に教育的,というすばらしいゲームなのですが,大きな問題点が2つあります.これらをできる限り改善したいと思っています.

  1. 時間がかかりすぎること・伝わらないとダレルこと
  2. ルールがシンプルで自由度が高い分,「それありなの?」みたいなモヤモヤが生じることがあること

さらに私は言語学をかじっており文法が大好きなので,文法が自然発生すると大変ワクワクします.なので「文法の自然発生を妨げる要因をなるべく減らし,文法の自然発生を加速させる」ようなルールがあるとうれしいです.

抽象化して整理すると,このアレンジルールの目的は以下の3つです.

  1. 遊びやすさの改善
  2. グレーゾーンの明確化・裁定
  3. 文法発生加速エクストラモードの追加

アレンジルール一覧

上記の3つの目的で分類してあります.さらにルールには参考情報として,★改善度と◎導入難易度を私の独断で判定してつけてあります.

★改善度は,そのルールがゲームプレイの改善・変化にどれだけ貢献をするか,を表しています.★が多い方がおすすめです.

◎導入難易度は,そのルールがどれだけゲームプレイを複雑・難解にせずに導入できるかを表しています.基本的には◎が多い方が導入が簡単で良いです.縛りを足したり,前提知識を要するようなものは◎を少なく設定してあります.

どちらも暫定的に適当にざっくり3段階で評価してあります.

総合評価としては,★★★◎◎◎ > ★★★◎ ≈ ★◎◎◎ > (★◎) の順で良いです.ただし ★ ◎,つまり大きな改善をするわけでもなく,導入難易度が高いものはそもそもあまり載せていません.

もちろん何が良いかは人によって違うので,あくまで個人的な意見です.悪しからず!

随時加筆修正します.

遊びやすさ改善

★★★◎◎◎ 1ターンに時間制限をつける

1ターンに15分~20分程度の時間制限をつけます.造語開始~回答しきるまでの時間に対して制限をかけるのがおすすめです.

時間に余裕があり,場が盛り上がっていたら,時間を延長するのもアリですが,基本的には最大20分くらいで切り上げた方がその後もバテずに続けられて良いです.

★★★◎◎ 初期5語で始める.その代わりに,第一世代を5回ではなくカードが尽きるまで続ける

最初の造語が多いと覚える単語が多くなるし,本題に入る準備段階の割に意外と時間がかかります.そこで初期の造語を減らします.初期の造語は本来15語ですが,これを5語でストップします.ただそれだけだと語彙が貧弱すぎるので,第一世代を長めにやります.ゲームの難易度は上がるので,次のような難易度調整策と組み合わせるのがおすすめです.

★★◎◎ 本来は出題者しか見れない単語選択肢カードを,回答者に公開する権利を1世代ごとにn回与える

特に各世代の1ターン目は,説明すべき単語に対して使える語彙が貧弱で,ゲームの難易度が過度に高すぎる場合があります.そこで,単語選択肢カードを公開して回答を選択式にすることで難易度を下げます.

カード公開のタイミングは,★★★◎◎ 自由に選べる,★★◎◎◎ 世代の1ターン目には必ず公開,★★◎◎ (時間制限と組み合わせて)世代の最初に時間制限が来たとき,といったオプションがありますが,戦略の幅が生まれるのは「自由に選べる」,導入が簡単なのは「世代の1ターン目には必ず公開」です.

カードを公開して選択式にすると,消去法が使えて一気にゲームが簡単になるので,回数制限は必須です.回数制限を ★★★◎◎ 世代ごとにするか,★◎◎ ゲーム全体で設けるかはお好みですが,世代ごとの方が使うハードルが下がり,適切なタイミングで使いやすくなって,遊びやすさの改善につながりやすいと思います.このルールは特に前側の世代で効力を発揮するので,1世代目限定にしても良いと思います.

オプションに迷ったら「1世代目の1ターン目だけ必ず公開,他は公開ナシ」が一番無難です.こうするとインスト(このゲームをやったことない人向けのルール説明)にも役立ちます.

★★◎◎ パスする権利を各世代の1ターン目にn回与える

上と同じく,各世代の1ターン目は,説明すべき単語に対して使える語彙が貧弱で,ゲームの難易度が過度に高すぎる場合があります.そこで,パスを可能にすることで難易度を下げます.単語選択肢カードの公開と比べると,一気に簡単にはならない分,場合によっては再び回答に詰まる可能性があります.

オプションとしては,

  • パスした場合,出題者は交替するのか継続するのか(継続する方がおすすめ)
  • 新しいカードを引くのか,同じカードの別単語に変えるのか(迷ったら新しいカードを引く方)
    • 新しいカードを引く場合,古いカードは捨てるのか,山札に戻すのか(迷ったら捨てる方)
  • ターンの制限時間をつけている場合,リセットするのか,しないのか(リセットしない方がおすすめ)
  • パスの回数(1がおすすめ)

グレーゾーンの明確化・裁定

★★★◎◎◎ 出題者は,説明中の新語が指示する実体や絵を直接指でさして説明してはいけない

たとえば「鳥」を説明する際に,鳥そのものや鳥の絵を指して「これ」のように説明したらこのゲームの醍醐味が消えてしまいます.説明中の新語が指示する実体(たとえば鳥そのもの)や絵を直接指でさして説明してはいけないという縛りを追加します.

指さしをすべて禁止すると語彙が貧弱な1, 2世代では厳しく,3世代以降はそもそもジェスチャー禁止なので,指さしを禁止するのは説明中の新語だけで良いと思います.

★★★◎◎ 2つ目の新語(補助新語)を作った場合は,2つの新語どちらもに同時に正解しなければクリアとせず,通じなかった補助新語は語彙には追加しない

もともとのルールとして任意の補助的な2つ目の新語(補助新語*1)を作ることが許されています.このルール自体は語彙・文法拡大戦略の自由度を上げ,エスペライゼーションを面白くするのに大きな貢献をしていると思います.しかし本家ルールでは1つ目の新語だけを正解すればクリアで,2つ目の新語の日本語訳はそのクリアの時点で開示するものともとらえられます.しかしそうするとたとえば以下のようなことができてしまいます.

  • 説明中は意味Aで使って,開示する際は別の意味Bに変える
  • 説明で全くその補助新語を使わず,任意の意味の単語として語彙に追加する

前者は明確な悪用ですが,後者もゲームバランスを崩壊させかねない危険な抜け穴になっています.そこでこのルールを追加することで,補助新語は伝わらなかったらボツとし,ゲームバランスの崩壊を避けやすくします.

なおクリア判定のときはオプションが2つあります.私は1つ目をおすすめしますが,片方正解した時点で正解!と言っちゃう人が結構いそうなので,2つ目の方が導入難易度は低いと思います.

  • ★★★◎◎ 2つとも同時に正解ならクリア,そうでなければたとえ片方が合っていたとしても片方正解とは言わず「違います」とだけ答えるようにする
  • ★★◎◎◎ 片方だけが合っていたら正解した方は正解と伝えて,もう片方の説明を続ける

補足:

  • 一応ルールブックには補助新語は1つ目の語彙が伝わらなかった場合用との旨は書いてあるものの,作らなかったら作らなかったで後々語彙が貧弱になって全員が困るので,私が遊んだときは結局何かしらは造語するという取り決めが生まれがちでした.
  • 補助新語の使い道はいろいろある方が良いと思います.本来の役割である,新語の説明の補助のほかにも,先を見据えて語彙の穴を埋めたり,使いやすい語彙を作っておいたり,文法が見出せるような語を作ったり,といろいろな使い道ができた方が戦略の幅が広がって面白いです.

★★★◎ 既存の語彙を分解して良いか

オプションとしては許可,禁止がありますが,以下ではいったん許可案で説明します.

たとえば,「塩 + 水 → 塩水」のように,語彙Aと語彙Bを組み合わせた表現を作って,表現できる意味を増やすのは戦略として広く使われていると思います.

この逆で,mizu 「水」*2という単語を mi + zu 「水 ← H2O + 液体」のように分解することはアリとします.一見変なことをやっているように見えますが,自然言語ではこのような現象(異分析という)はしばしば見られますし,劇的に難易度を下げるわけでもなく,ゲームを面白くすることに貢献もするので,積極的に認める方が楽しく遊べました.

ただし分解した表現がちゃんと伝わるには工夫が必要です.いきなり mi とか zu とかだけ言っても通じません.たとえば「水蒸気」 mike,「毒(液体)」pezu,「毒ガス」peke のような語彙が造語されてはじめて上手く伝わります.なお,分解に必要だからと言って全く新しい要素(ここでは pe と ke)を勝手に作るのはルール違反なのでダメです.したがってこの場合まずは「毒ガス」peke を新語として別途造語し,その後説明の中で mike や pezu という語を造語して(この場合はあくまで既存の要素を組み合わせているだけなのでルール違反ではないと考える),それが通じてはじめて分解が完成することになります.

異分析は手間,計画性,プレイヤーの言語分析能力,が必要だがその分文法を増やせるという,ハイコストハイリターンな方法なので面白いのかもしれません.許可するとゲームの難易度が高まるので,語学や言語学をかじったことのある人間だけでやるときは許可=ハードモード,言語素人もいるときは禁止=ノーマルモード,といった風にモードを分けると良いと思います.どちらにするにせよゲームを始める前にどうするか決めておくと良いと思います.

追記: 異分析アリでゲームを続けてみての感想

  • やはり基本的には面白い
  • 上記のルールにはややモヤモヤがあるので,もう少し詰めたい.たとえば
    • 理屈上は,新要素・新文法をたくさん含む1語を出すだけで,想定以上に語彙や文法が豊かになってしまう.1語に新要素は1つまでしか入れてはいけないというルールにするとちょうど良い.
    • これは異分析の問題というより,文法を充実させる結果であり,しかもこれ自体は悪いことではないが,文法,特に(目的語+)動詞から動作主,対象,道具,場所,事態を表す名詞の派生プロセス,が一通りそろうと,第2世代の後半あたりから説明すべき語が既存の文法を使うだけで十分表現できてしまう(たとえば「書く」から「文筆家」「本」「筆記用具」「文机」「書くこと」を派生する文法を作っておけば,後で「ペン」を説明するときに楽).自然言語もそのようにして語彙を増やすことが良くあるし,これ自体は良い.しかしそもそも説明すべき表現に比べてできる表現が貧困だからこそ文法的工夫が必要になって面白いので,工夫の必要性が減ってしまう.そこで解決策としては,説明すべき語彙や表現を増やすことが考えられる.同じカードの別の旧言語も伝えられればボーナス点,あらかじめ決めておいたお題文を訳せたらボーナス点,など.

文法発生加速エクストラモードの追加

文法の自然発生を妨げる要因をなるべく減らし,文法の自然発生を加速させるためのルールです.ここで自然発生というのは,言語を使っていく中で合意が生まれていくことを指します.細かく見ると以下のようなステップを踏みます.

  1. あるプレイヤーがこれまでの用例を分析して文法を「発見」する(= 用例に沿うように創作する)
  2. その文法を活用して新しい表現を作ったり,一貫していない文法について他のプレイヤーに確認したりする
  3. 自分が発見した文法が他の人に伝わったり,他の人が発見した文法を自分が理解できたら,その文法は自然発生したと見なせる.伝わらない文法は淘汰される.

文法を意識してはいけないというわけではありません.むしろ,お互いに文法を創作してはそれを伝えようと試みると,活発に文法が生まれて面白くなります.

★★★◎◎◎ 文法について旧言語で語ってはいけない

自由に文法について語ってしまうと,自然発生した文法ではなく,作り込まれた文法になってしまうので,禁止します.ただし,新言語で会話する分には,大して語れないし,ある意味では「言語を使っていく中で合意が生まれていく」の一種ともいえて線引きが難しいので,禁止しません.

追記:

  • とはいえ文法が複雑になってくると,文法に慣れている人と慣れていない人で格差が広がってしまいます.
  • そこで世代の切れ目ごとに,文法をまとめて話し合う時間を作ると遊びやすさが改善しました.ちなみに先日やったプレイでは1→2のときは新言語でがんばりましたが,それ以降は日本語を使ってしまいました.
  • 余談ですが,設定としてはその時代の言語学者パーニニ本居宣長,など?)を召喚して,その言語学者が文法をまとめたものを読んでいる,ということにしました.
  • ただし我々はネイティブ,彼らが書いたものは記述文法なので,本当は違う文法だと思ったときには反例を出して指摘することで,過度な規範化を避けることができます.

★★★◎◎ 回答中は回答者同士も新言語のみで会話する

意思疎通の機会と必要性が高まる分,文法発生の可能性が高まります.

★★★◎◎ ラテン文字(=簡略発音記号)で書く

簡略発音記号で書いた方が,音素や形態素の分析がしやすいです.日本語の影響を受けて音韻・文法のバリエーションが偏る問題も低減します.もちろん代わりにラテン文字IPAの影響は受けるのですが,十分マシです.

★★★◎◎ 初期5語で始める.その代わりに,第一世代を5回ではなくカードが尽きるまで続ける

cf. 遊びやすさ改善の方の同内容のルール

語彙が貧困であればあるほど,文法の必要性が高まり,文法が生まれやすくなります.

★★★◎ 既存の語彙を積極的に分解する

cf. グレーゾーンの明確化・裁定 > 既存の語彙を分解して良いか

*1:書き終わってから本家のルールブックを見返したら「サブ新言語」と呼んでいてそれにそろえた方が良いかなと思っていますが,単語のことを言語と呼ぶのに抵抗があるので保留しています.

*2:説明のために mizu という語形にしてしまいましたが,本当は日本語に似た語形にしてはいけないです!