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言語学と言語学オリンピック

IOL2014-5 北西バヤ語解説

ふるほむです!第二弾は複合語(語対応)のジャンルから北西バヤ語の問題を解説します。

問題

IOL2014-5 Gbaya (北西バヤ語) by Boris Iomdin

http://www.ioling.org/booklets/iol-2014-indiv-prob.ja.pdf

訂正: 訳の語群中の「死ぬ」→「死にかける」(英語版だと ”to be dying”)

難易度

やや難(所要時間: 30分〜60分)

使う情報

  • 17個の北西バヤ語の語句
  • 17個の訳
  • 北西バヤ語と訳の対応関係は分からないが☆一対一対応する
  • (b) 4個の北西バヤ語の語句
  • (c) 4個の訳(☆問題中の語を組み合わせて言える)

☆の2点は明記されていないですが重要な手掛かりになります。

ポイント

  • 意味からではなく形から分析しよう
  • 序盤は答えを確定できない, 分析は途中で訂正していこう

解説

よくある問題では問題の言語のデータそれぞれに訳がついていますがこの問題ではデータと訳がばらばらに並んでいてどれがどれに対応するのか分かりません。どのように解けば良いのでしょうか?

北西バヤ語の語句を見ると多くが二つの語の組み合わせになっています。訳の方も見ると「眼孔」「鼻孔」や「良い畑」「畑の端」のようになっています。そこで「目+穴」「鼻+穴」のように要素が組み合わさっていると考えたいです。このように訳の方を言い換えて北西バヤ語のデータにあてはめてつじつまをあわせていけば正解にたどり着けます。しかしたとえば「うらやむ」「死ぬ」「置く」「毒蛇」「幸福」はどんな要素が組み合わさっているでしょう?それともこれで一語でしょうか?おそらくこれら(の一部)は直訳だと日本語として不自然になってしまうために"意訳"されています。訳の言い換えから考えるといくらでもこじつけが出来てしまうので別の手がかりを使いたいところです。

マップを作ろう

こういうデータがばらばらな問題の場合, ある要素が何なのかを知るにはそれが「何回使われているか」「単独で出るか, 他の要素と一緒なら前後どちらに出るか」といったことが手がかりになります(次の節で解きながら説明します)。

そこで下準備としてマップを作りましょう。*1 同じ要素を含む語を隣同士にして並べていって最終的にすべての語句を一つの大きなマップに整理します。色々きれいに書くコツ*2はありますが, あまりに見づらければ書き直せば良いのでとりあえず最初に出てきた ʔáá から始めてみました。さらに kò がどうしても気になったので書きだしてみました。共通部分は線で繋ぎます。

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マップ作り途中経過

さらに nú, sèè も同様に, また別のも……と芋づる式にやっていくと最終的にこんなマップになります。

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マップ完成図

こうすればある要素が「何回使われているか」(=頻度), 「単独で出るか, 他の要素と一緒なら前後どちらに出るか」(=分布)が一目で分かります。似たような語句や他と関連がない語, 要素は全部で何種類かなども分かります。

頻度と分布が最初の鍵に

それでは下準備は終わったので解いていきましょう。頻度の多いものが分かりやすいので yík について調べます。上のマップの右半分のあたりを見てください。yík を含む語句は5個あり, 分布としては語句の最後に3回, 最初に1回, 単独で1回出てきています。単独で出てくるというのも大きな手がかりで, いかにも一単語っぽい語ものに可能性を絞れたり, 対応が分かったときに意訳ではなく直訳が分かったりして嬉しいです。

一つ一つに目を向けてみると búmá yík と búmá zù yík は要素も並び順も似ているのでかなり似た訳になっていると推測できます(しかも違う部分である zù は単独で出てきています)。それから yík wí には 同じく wí を語句の最後に持つ仲間が2ついます。この yík は何者でしょう?

今度は訳の方を見てみましょう。

表⾯に; 眼孔; 眉⽑; まつげ; ⽬/顔;
畑の端; ⾜; 幸福; 肝; 良い畑; ⿐孔;
上に; 毒蛇; ⾆の先;
死にかける; 羨む; 置く

訳同士の共通点を探します。たとえば「眼孔, 眉⽑, まつげ, ⽬/顔」は「目」という共通点がありそうです。「眉⽑, まつげ」には毛という共通点もありますね。これ, なんとなく先ほどの yík の特徴に似ていませんか?búmá yík と búmá zù yík は「毛 (+zù) +目」になり, 眼孔は yík wí か kò yík というわけです。yík は「目/顔」に対応するのでしょう。かなり信頼できる仮説が立てられました。すると yík 入りの語句が一つあまってしまいますが, 言い換えによって訳から目の意味が直接取れなくなっている可能性も考えられるのでとりあえずこれで進めてみましょう。この問題は新しい本棚に本を立てていくようなもので, データ同士が支え合うまでは完全に正しい仮説は立てられません。8割くらい正しい仮説を立てて進めて, 2割の間違いは進んだ後で変だと分かってきたときに訂正するのが良いです。

それから「同じものを含む」以外にも「身体部位である」や「場所関係を表す」「動詞である」「~の~ という形になっている」など様々な共通点を見つけて訳を分類しておくと良いでしょう。yík が「目/顔」なら他の身体部位も一語で表せるかもしれない, のような類推ができるようになります。実際身体部位は基本的な語彙なので一語で表す言語は多いです。データ中で一語で出るのは ʔáá, yík, zù で身体部位には「目/顔」「足」「肝」「舌の先」があり, 「舌の先」は二語かもしれないのでちょうど3つずつあってつじつまがあいます。しかしやっぱり意味はいくらでもこじつけができ, 言い換えがあって頻度も曖昧なのでこれを根拠に進めるのは微妙で, 北西バヤ語の形式から根拠を見つけたいです。

構造を調べよう

いくつか語句と訳の対応が分かったら要素の並び順を調べましょう。並び順というのは大事で, たとえば日本語で「スズメバチ」はハチですが「ハチスズメ」(ハチドリの異名)は鳥です。これはおおざっぱに言うと日本語が「A B」は「A の B」と解釈する決まりになっているからです*3。この言語の場合, búmá yík 「まつげ?眉毛?」は「毛+目」という順番なので日本語と逆です。ということは他の語も全部「A B」は「BのA」になっていると予想できます。すると「眼孔」は「穴+目」となるはずなので yík wí より kò yík の方が可能性が高そうと言えます。kò zòk は「穴+鼻」で「鼻孔」でしょう。

búmá yík と búmá zù yík についても考えてみましょう。どっちかが「まつげ」で一方が「眉毛」です。しかも zù は単独で出てくるんでした。訳の語群の中から「まつげ」と「眉毛」の微妙な意味の違いを作り出せそうなものを探しましょう。おそらく「上に」「表面に」のどちらかではないでしょうか。

ここで zù が身体部位ではないと気付いたことで先ほどの仮定が崩れます。yík wí と yík のどちらが「目/顔」か考えて直してみましょう。ふつう身体部位はよく使うので一つの要素で表す言語が多いです。なので yík が「目/顔」だとするのは説得力がありました。しかし今回の場合そうすると「肝」「足」も一語っぽいですが残っている一語の語は ʔáá 一つだけです。とりあえずどちらか ʔáá としてみても ʔáá sèè から sèè wí に行ったところで yík wí とつじつまがあわなくなり詰みます。他にも yík wí は「wí の目」という構成ですがそのような語は見当たりません。wí が動詞を表す仮説も上手く行きません。よって身体部位が一語で表される説はかなり微妙ということになります。ここで yík wí の方が「目/顔」説も検証する価値が出てきます。ではこの場合 yík は何でしょう?

一語の zù が「上に」「表面に」のような場所関係を表す語だったことから同じく一語で出る yík も 場所関係を表す語かもしれないという類推ができます。また búmá yík と búmá zù (b問題に出てくる) を見るに yík は zù と似た場所に出てくるので似たジャンルの要素かもという予想もできます。こうした色々な根拠から yík は「目/顔/表面or上」のような意味の広がりがある要素で, 単独で使うと「表面にor上に」, 後ろに wí をつけると「目/顔」のような身体部位, 他の要素と一緒に使うと「目」という意味になると言えます。日本語でも「面(メン, つら)」は「表面に」にも「顔」にもなるので場所関係と身体部位を同じ要素で表すというのはそんな変な想定ではなさそうです。*4 そしてどうやら wí が身体部位を表す要素であることが分かったので問題に出てくる「頭」は「上+wí」ではないかと推測できます。よって yík は「表面に」にし zù の方を「上に」と対応させる方が良さそうです。ちなみにすると búmá zù は「毛+上/頭」なので「髪の毛」になります。(これも「カミの毛」なので日本語と同じです!ちょっとうれしい!) それから察しの良い人は ~ wíが「wí の~」という構成であることから wí が「人」という意味であると気づけるかもしれません。気づかなくても解くことはできます。

こうして wí の謎が解けたら色々進みます。náng wí と sèè wí はどっちかが「足」でどっちかが「肝」でしょう。それから b問題に lébé wí があるので lébé も身体部位も表す語だと分かります。よって nú lébé が「舌の先」です。nú が「先」なので nú fò が「畑の端」でしょう。nú は「先/端」の意味で, fò が「畑」です。dí fò は「良い畑」で, ここだけ前に修飾語が来ますが形容詞っぽいものは前に置かれ, 名詞は後ろからかかると考えられます。dí sèè は 「良い足」か「良い肝」ですが残っている語は「幸福, 毒蛇, 死にかける, 羨む, 置く」です。先に3回出てくる ʔáá を無難に「置く」だと分析すると ʔáá sèè は「足を置く」または「肝を置く」です。「心(心臓)」や「肝が冷える」など内臓に感情が宿るとする表現を思い出すと sèè は「肝」で良さそうです。dí sèè は「良い+肝 = 幸福」, ʔáá sèè は「置く+肝 = うらやむ」, 消去法で náng wí が「足」になり, ʔáá náng nú kò は「置く+足+端+穴」で動詞「死にかける」に対応すると分かります。dáng gòk が「毒蛇」です。c問題には言い換えが必要な訳が出てきますが, データ中の要素だけで表現できるという点がヒントになるので見てみましょう。「中に」は sèè 「肝/中に」一語でしょう。「不満」は「幸福」の対義語なので「悪い+肝」でしょう。dáng gòk 「毒蛇」を半ばこじつけで「悪い+蛇」と分析します。「不満」は dáng sèè になります。その他「⿐」は zòk wí, 残ったb問題もやると lébé gòk は「舌+蛇 = 蛇の舌」, lébé wí は「舌」となります。これで全部つじつまがあいました!

まとめ

頻度や分布, 構造といった形式の方面から攻めましょう。最後の言い換えの飛躍さを見て意味から入ると解きにくそうなことが分かるかと思います。また解説なので省いていますが行間には何度もの試行錯誤があるはずです。試行錯誤をなるべく減らすために想像力はできるだけ最後の最後で形に意味をこじつけるときまで取っておいてください。*5 それでは答案をまとめます。

説明

  • 構造
    • 名詞同士なら後置修飾
    • 「良い」「悪い」のような形容詞は前置される
    • 動詞は先頭に置く
  • その他
    • 身体部位と場所関係は同じ語根で表される。語根単独では場所関係を表し, wí 「人」を後置して「人の~」という複合語にすると身体部位を表す。

タスク

(a)

北西バヤ語 構成 対応する訳
ʔáá (置く) 置く
ʔáá náng nú kò (置く+⾜+端+⽳) 死にかける
ʔáá sèè (置く+肝/中) 羨む
búmá yík (⽑+⽬/表面) まつげ
búmá zù yík (⽑+頭/上+⽬/表面) 眉⽑
dáng gòk (悪い+蛇) 毒蛇
dí fò (良い+畑) 良い畑
dí sèè (良い+肝/中) 幸福
kò yík (⽳+⽬/表面) 眼孔
kò zòk (⽳+⿐) ⿐孔
náng wí (⾜+⼈)
nú fò (端+畑) 畑の端
nú lébé (端+⾆) ⾆の先
sèè wí (肝/中+⼈)
yík (目/表面) 表⾯に
yík wí (⽬/表面+⼈) 顔/⽬
(頭/上) 上に

(b)

北西バヤ語 構成 対応する訳
búmá zù (⽑+頭/上) 髪の毛
(⽳)
lébé gòk (⾆+蛇) 蛇の⾆
lébé wí (⾆+⼈)

(c)

北西バヤ語 構成 対応する訳
sèè (肝/中) 中に
zù wí (頭/上+⼈)
dáng sèè (悪い+肝/中) 不満
zòk wí (⿐+⼈)

*1:なんでマップ作るようになったの?という方向けに説明すると, ある要素の頻度と分布を見るには要素ごとにその要素を含む語句をリストにしたり数えたりしていけば良いのですが色々悩みどころがありました。たとえば要素ごとに別のリストを作ると複数の要素からなる語句は何度も書かなければいけなかったり, 解釈を変更するたびに何か所も書き直さなければならず作業負担が大きい; 情報量も多くなるので見にくく, 試行錯誤しにくくなる; 語句リストを諦めて各要素の頻度だけを数えるともう一つの大きな鍵である「分布」の情報がまるきり抜けてしまう, etc. そこでリストを合体して一つにしてみたらそういった問題が解消してとても解きやすくなりました。ので解説でも採用しています。複合語の他にも似たようなばらばら系の問題や親族名称の問題でも有効です。

*2:なるべく多く出てくる語や長い語を中心において始めるときれいに書けます。語と語の幅は大きめに空けましょう。ほかにも語と語をななめに並べるようにしていると三角関係になってもきれいに書けます。色を使うのもいいかもしれません。研究してみてください!

*3:前置修飾, 従属部先行型ということが言いたいです。もちろん「草木」のような並列関係や「鈴木課長」のような同格関係もありますが本文では混乱しそうなので省きました。

*4:場所関係にも身体部位にも使える語彙としては他に日本語「中/お腹」や英語 ”bottom” が挙げられます。

*5:実際には意味の想像からやって勘で当たってしまうこともありますがそういう場合は特に試行錯誤が必要です。