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言語学と言語学オリンピック

IOL2023解説

IOL2023を解いてから読むことをおすすめします!!

IOL2023のざっくり解説をお送りします.設問への解答は省略して,規則の発見手順だけを書きます.一般化不足や見落としなど微妙なところもあるはずですが公式解答が出ていないのでご容赦ください.

問題1

⭐︎5 動詞形態

音韻がやや厚めの動詞形態の問題です.

  1. とりあえず誘導に乗って (a) まで解きます.形式1は 語幹-y'/-y,形式2は ɨn-語幹(語幹末のCV > C'V)です.さらに,語幹に2種類のクラスがあり(形式1の語幹がCVで終わるかC'Vで終わるか),形式1の接辞が語幹クラスによって使い分けられていること(声門閉鎖が1音節中に来ると異化で後ろの方が脱落する),形式2では語幹末の CCV1 > CV1CV1 となること,その他3種の音韻規則(nが直後の破裂音と同器官的な子音に同化する,直後に声門閉鎖のない無声破裂音は n の直後or有声音間に出ると有声化する,有声破裂音は声門閉鎖が直後につくと無声化する),が分かります.
  2. 2ページのデータの訳を見ると,少なくとも主語人称2通り,時制2通りで4パターンに分けられそうです.その予測のもと動詞形を見ると,19と20はどちらも「私が, 〜した」ですが形が全然違います.そこで他のデータについても19タイプと20タイプに分類すると19が自動詞,20が他動詞グループだと分かります.よって次は主語人称,時制,自他で計8通りに分けて形を整理します.
  3. 20と22はどちらも「私が, 他動詞, 〜した」ですが形が違います.他のデータについても20タイプと22タイプで分けるとそれぞれC'V終わり語幹とCV終わり語幹と対応することが分かります.
  4. 主語人称,時制,自他,語幹クラスで計16通りに分けて形を整理します.自動詞で語幹末のC'V > CV,カコ他動詞で(C)V1CV2 > (C)V1V1CV2,(形式2だけでなく)現在で 語幹末の CCV1 > CV1CV1,その他人称接辞を整理し設問(b)に答えて解答完了です.

問題2

⭐︎5 統語.

解き筋は王道ですが,あまり言オリで出題されてこなかったタイプの現象が取り上げられていて大変素晴らしいです(語順が数種類あったり,動詞の主語接辞の有無を決める条件を問うたり,目的語接辞の一致先が外側のOだったり).3, 4の形態論がキツイ分,2の形態論は軽めでバランスが取れています.

その他,所有が譲渡可能性に絡んでいたり,細々とした音韻規則があったりします.過去問の経験が生きやすいタイプの問題だと思います.

  1. いつも通り動詞/名詞の語根を切り出して,訳と対応させます.動詞につく主語接頭辞,名詞につく所有者接頭辞(やっていくと2つは同じものだと分かります)も分かりやすいので対応させます.「〜に」もすぐ分かります.
  2. 動詞の接尾辞はなんとなく接頭辞と似ています(ny-, py-, y-, u- に対して,-nu, -ry, -ru).u- がある文の主語はどれも3人称女性なので,-ru も3人称女性だとすると1, 2, 4では間接目的語が3人称女性,(間接目的語のない文である)16, 17では直接目的語が3人称女性になっているので,目的語接辞は間接目的語があれば間接目的語,なければ直接目的語に一致するとして,すべてのデータを見ると矛盾なく整理できます.これで設問(a)-18, 19が解けます.
  3. 語順のパターンを調べます.設問(c)が「二つの方法で」と言っているので,可能な語順は2通りになるはずだと予測しておくと良いです.各文について「SVOに」「OVに」「OVにS」のように語順を調べていくと「に」の有無を除けば「SVO(に)」「OV(に)」「OV(に)S」しかないことが分かります.まだ3通りなのでそれぞれの語順について共通点がないか調べると,「OV(に)」は主語が接辞だけで表されおり,「OV(に)S」のSはすべて普通名詞で人称代名詞は出てこないです.よって主語が「私,あなた,彼,彼女」の場合は「SVO(に)」「OV(に)」の2つ,主語がそうでない普通名詞の場合は「SVO(に)」と「OV(に)S」の2つだけが可能だと分かります.
  4. 動詞の接頭辞がつかないものがいくつかあります.つかないものの共通点を調べると,動詞の直前に主語名詞があればつかないと分かります.これで設問(a)-17, (b)が解けます.
  5. 所有について調べると,[(所有者名詞) (所有者接頭辞-)被所有者(-接尾辞)] のような構造だと分かります.
    • 人称代名詞が所有者名詞になれると困る,なぜなら「私のX」などが名詞と接頭辞の2通りどちらも可能だと(c)-22 などが4通りの可能な表現を持つことになるからです.そこで所有者名詞が人称代名詞である例があるかを調べるとありません.よって人称代名詞は所有者名詞になれないと考えます.
    • 接尾辞の位置には -te, -∅, -y が入ります.使い分けを調べると -te は譲渡可能(or被所有者が非身体部位),-∅, -y は譲渡不可能(or被所有者が身体部位)所有だと分かります.
  6. 譲渡不可能 or 身体部位 の名詞には -txi, -ĩtxi がつくことがあります.調べると所有されていないときにはこれらがつくことが分かります.-∅ は -txi と,-ĩtxi は -y と交替し,これらは語彙的に決まっています[^: もしくは -y を語根の一部として y > ĩ / _txi としても過不足ありません].
  7. 所有接頭辞と動詞の主語接頭辞は同じものと考えて矛盾しなそうです.その上で接頭辞を整理します.微妙に形が交替していて,「私」が n~nh~ny~nhi,「あなた」が py~pi,「彼」が y~i,「彼女」は u だけです.yで終わる系列とiで終わる系列に分類できそうなのでします.各系列が出現する場合の共通点を調べると接頭辞から見て次の母音が i なら i 系列,それ以外(y, a)なら y 系列が出ることが分かります.n, nh は直後が母音のときに出ています(n は ã, aの直前,nh はi の直前).音韻規則の形にすると,Cy- がデフォルトで,1. 次の母音が i なら Ci- になる(さらに n > nh),2. 直後が母音なら 接頭辞の最後の母音が脱落する(CV- > C-),という2段階の規則が立てられます.
  8. 設問(c)を書いて解答完了です.

問題3

⭐︎6 動詞形態.

最終的にスッキリまとまって気持ち良い問題です.

ハイフンで区切られた領域を半部,うち前半を前半部,後半を後半部と呼ぶことにします.

  1. とりあえず動詞語根を切り出します.後半部に動詞語根と接中辞 a, e, ana, aɣa が見つかり,これらの接中辞が(他動詞の)目的語の人称に対応していることが分かります(そこでこれらをP接辞と呼ぶことにします).1人称は単数も複数も ana なので他のところで単複が標示されていると予測します.
  2. 14--17の共通点を探します.するとこれらが自動詞であり,かつ自動詞なのにP接辞を使うことが分かります.これらのP接辞は主語を標示しています.他に自動詞がないか調べると1--3が自動詞です.ただしこれらはP接辞を使っていません.自動詞は2種類に1--3タイプと14--17タイプの2つに分類できると分かります.
  3. 主語と「本当に」「やれ」「ああ」「無駄に」は前半部に出ているはずです.予測通り出ています.さらに -e があるときは主語または目的語が「私たち」なので,これが1人称の単複を標示していると分かります.(他動詞や1--3タイプの自動詞の)主語を表す接辞をA接辞と呼ぶことにします(nak- (> nam- /_b): 1人称,u-/o-: 2人称単数, i-/e-: 2人称複数; a-: 3人称単数).
  4. 12と16の前半部がともに a- なので,14--17の主語は実は「彼」であり,「彼が君を身震いさせた」のような表現だと考えることができます.これでとりあえず (a) が解けます.
  5. 前半部の構造を整理します.2通り考えられますが,前者の方が良いと思います.
    • 3人称接辞を a とする場合,[1/2人称A接辞-(b)-3人称A接辞-({at, am})-(um)-(e)].aV > V.いずれかのA接辞は必須.
    • 3人称接辞を ∅ とする場合,[A接辞-({b, bat, bam})-(um)-(e)].前半部に母音がなければ末尾にaを挿入する.
  6. 一部 i と e,u と o が交替するところがあります.条件を調べると,各半部の後ろから第二音節でかつ非高母音(a, e, o)の前だと分かります.まず非高母音の前でしか起こらないことを特定し,次にそれでもi, uのままのものと e, o になるものの違いを俯瞰して見ると各半部の後ろから第二音節かそうでないかが分かりやすいです.残りの設問を解いて解答完了です.

問題4

⭐︎5 動詞形態.

うまく表を書けば支障なく進むが,うまく表が書けないと難しい問題です.表を大切に.表は友達.主語の人称×目的語の人称で表を作るのは定石ですが,その定石を知らないなら⭐︎6相当です.

  1. いつも通り動詞語根を切り出します.
  2. 接頭辞 ni-, ki- の使い分けを調べると,ni- は主語も目的語も2人称でない場合,ki- は主語か目的語が2人称である場合だと分かります.
  3. 残る接尾辞が主語と目的語の人称標示をしているはずです.接尾辞についてざっくりデータを見ると,人称標示が主語と目的語の2つにきれいに分けにくいので,主語と目的語の人称がある程度まとめて標示されていると予測できます.こういう問題の場合,主語×目的語の2次元の表を書き,その表に人称接辞を埋めていくのが結局早いです.今回は主語,目的語ともに1人称単数,1人称複数,2人称単数,2人称複数,3人称単数,3人称複数,の順に並べると規則が見出しやすいです.違う順で書いて規則が見出せなかった場合は,途中で順番を変えて表を書き直すのも手です.
  4. この表を埋めると,接尾辞は3つの部分に分けられることが分かります: [-人称の方向-人称セット(-3人称複数)].
    • 人称の方向は4通り(1>2, 2>1, 1/2>3, 3>1/2)で,それぞれ -it, -∅, -ā, -ik{o, w, ∅} です(-ik{o, w, ∅} は子音の前で iko,母音の前でikw,語末で ik になります).
    • 人称のセットは 1人称単数と2人称単数の組み合わせなら -in,のように,どちらが主語かは関係なく,文中にどの組み合わせの人称が登場するかで使い分けられます.この接辞では3人称は単複の区別がありません(代わりに次に述べる -ak で単複が区別されます).
    • (-3人称複数)は,-ak で,主語か目的語のいずれかが3人称複数なら使われます.
  5. 追加のデータ 17--21 と 22 の構造を調べると,接頭辞は「〜ながら」「〜すれば」に対応することが分かります.接尾辞の方は1--16と少し違うものの,人称の方向はほぼ共通(ただし ā は ā, a のいずれか)しているので,仕組みや構造は同じだが人称のセットの形式が違うのだと考えます.この規則で設問を解くと問題なく解けます.解答完了です.

問題5

⭐︎3 命数.

人によって30分で終わったり90分かけても分からなかったりしたそうです.5+を含む20×進法だと決め打ちするとすぐ解けます.⭐︎3を付ける人と⭐︎7をつける人が1:3くらいでいると思うので,中央値は⭐︎7,ざっくり⭐︎5相当だと思ってもよいです.

  1. 形態素に分解します.すると 7 が baa-shuunni と切れます.5+2,のようになっているはずです.5を足し算の塊に使うとすると,20, 400をかけ算の塊とする命数体系である可能性が高いです(そのような命数体系が世界に多く存在するため).そこで1639 を分解するといかにも 400 × 4 + 20 + 10 + [5+4] っぽいです(4が上手く共通するし,[5+X] の構造も baa-shuunni と合うし,20 beɲjanga は 21 にも出ているので矛盾なく様々なことが説明できます).na = '+'.
  2. 285 のうち na kaŋkuro 「+5」を除いた 280 の部分と,626 のうち kampwoo na 「400+」と na baani 「+6」を除いた 220 を比べます.なお shuunni は 2 です.さらに1, 2, 4, 5 がすでに判明しており,6から10は 5+X で表されるだろうことを考えると残る 3 が taanre でしょう.よって
    • ŋkwuu 3 + bee-2 = 280
    • ŋkwuu 2 + bee-3 = 220
    • これを解いて,ŋkwuu = 80×, bee- = 20×.これでほぼ解けました.
  3. あとは規則を漏れなく書きます.
    • 5+X, 20×X, 80×X, 400×X はXの範囲に制限があるのでそれを確かめつつ,構造を書きます.かけ算に関してはX=1のときの形とX>=2のときの形が違うので形を表で網羅的に書きます.
    • 4は接頭辞がつくと異形態が出ることを記述します.
    • ある数Nを表す表現Nの構造は,数N以下の最大の数を表す1ケタ(naを含まない表現)を (数/表現)M として,[表現M na 残り] の構造をとるとします.「残り」の部分には,数N - 数M を表す表現が入ります.
    • 10 はそれだけで1ケタを成します.
  4. 設問を解いて解答完了です.

楽しかった〜!