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言語学と言語学オリンピック

IOL2018-2 ハクン語解説

ふるほむです!ブログ始めました! id:tungumalanna さんと協力して言語学オリンピックの解説などを載せていきます。

問題

IOL2018-2 Hakhun (ハクン語) by Peter Arkadiev

http://www.ioling.org/booklets/iol-2018-indiv-prob.ja.pdf

難易度

やや難(所用時間: 40~60分)

使う情報

  • 10個の日本語訳付き例文
  • 6個の日本語訳なし例文

ポイント

  • 人称の階層と方向性
  • 能格

解説

まずはどんなタイプの問題なのかを確認しましょう。ジャンルは文を分析する問題です。特に問題になっていそうな文法カテゴリーは

人称, 時制, 自動詞文/他動詞文

なのでこれらに注目して整理することにします。

形態素に分けて構造を整理しよう

最初は何としてでも形態素解析と語順(構造)の整理をしなければなりません。突破口になりやすいのは日本語訳の中で最も出てくる回数が多い内容語です。この問題の場合は5個の文に出てくる「見る」から始めると良いでしょう。

「『見る』が含まれている 3, 5, 7, 9, 10 の文には出てくるが, 他では出てこない形態素」を探すと lapkʰi がヒットします。なのでこれが「見る」でしょう。動詞の語形はどれも同じなので何か接辞がついている可能性はなさそうです。同様に他の語も「それが含まれている文には出てくるが, ほかの文では出てこないパーツ」を適宜探していきます(語彙リストを作っていくと分かりやすい)。

動詞がどの部分で表されているか分かったので今度は人称や時制が何で表されているのか気になります。分析が進んでいる上記5つの文のうち 5, 10 のペアと 3, 7 のペアは動詞も目的語も共通なので分かりやすそうです。見てみると, 5, 10 は動詞の直前の語がどちらも ŋa なのでこれが「私を」を表していると予想できます。3, 7 でも同じく動詞の直前の位置で ati が共通して出てきます。この4つのデータから「目的語は動詞の直前に置かれる」ということが分かります。

今度は主語について観察しましょう。主語の同じ 2, 5, 8 の3つや 6, 9 のペアを見るに主語は文の最初に現れるようです。

残る時制は消去法で動詞の直後に出てくる語に含まれているだろうと推測できます。ただし形のバリエーションが時制のパターンより多いので, 時制以外の文法カテゴリーも合わせて複合的に見る必要がありそうです。

また文末の ne は全ての文に出てきます。ということは使うときと使わないときとの区別を考える必要がないので分析は不要です。(ですが通言語的に有標であることが多い疑問の形式*1が出てこないとは思いにくいのでこれが疑問詞だろうと推測することはできます。この解説では ne と書きます。)

よって文構造について整理すると,

主語 (目的語) 動詞 時制+?ne

となっていることが分かりました。ついでにデータ中で1個しかなくて分からなかった語彙が文構造を頼りに特定できるようにもなりました。

主語と目的語を整理しよう

それでは主語と目的語について表を作りましょう。-bə や kəmə が主語の一部かどうかは怪しいですが, 無理に分解しても結局何を表現しているかが現時点では分からないので表に入れておきます。

主語

単数 複数
1人称 ŋa / ŋabə nirum*2 / nirum kəmə
2人称 nɤ / nɤbə nuʔrum kəmə
3人称 ati kəmə tarum kəmə

目的語

単数 複数
1人称 ŋa nirum
2人称 nuʔrum
3人称 ati -

さらに表の観察から,

  • 主語と目的語には共通部分がある。
  • 目的語はその共通部分だけで何もつけなくて良くて, 主語は何かがついたりつかなかったりする。

と分かります。ついでにこのことから目的語の3人称複数は tarum だと分かります。

では主語に何かがつくときとつかないときの違いは何でしょうか?2 では「あなたは」が nɤ で出てくるのに対し 5, 8 では nɤbə で出てきます。1, 3 に目を向けると「私は」を表すものとして ŋa と ŋabə の二つが出てきています。この -bə がつく 1, 2 の文とつかない 3, 5, 8 の文との違いは何でしょうか?

現れる環境を比べると, -bə のつくときは他動詞文だと分かります。もう一つの2人称複数に出てくる kəmə についてもこの類推で他動詞文の主語につくんじゃないかと仮説を立てて観察すると無事反例が見つかりません。-bə や kəmə は同じ機能で人称によって形式だけが変わるのだと言えます(-bə と kəmə はほぼ同様の位置に現れ相補分布もしています)。他動詞文と自動詞文で分けて文構造を整理しましょう。

自動詞文

主語 動詞 時制+? ne

他動詞文

  • 主語が1sg/2sg
主語-bə 目的語 動詞 時制+? ne
  • その他
主語 kəmə 目的語 動詞 時制+? ne

-bə と kəmə を能格標識だと考えれば格を分離して以下のようにも書けます。

文構造

主語 (目的語) 動詞 時制+? ne

  • 格は名詞の後ろにつける。
  • 能格(=他動詞文の主語につくもの)

    • 1人称単数, 2人称単数: -bə
    • それ以外: kəmə *3
  • 絶対格は無標(=自動詞文の主語と他動詞文の目的語には何もつかない)

人称の表も考察結果を反映させてシンプルにしましょう。

人称

単数 複数
1人称 ŋa nirum
2人称 nuʔrum
3人称 ati tarum

謎の機能語について考えよう

残る謎は「時制+?」としているものです。語形は多様ですが, 時制は2パターンしかないので, 人称など他の文法カテゴリーも表しているのだろうと推測できます。作業を円滑に進めるために主語, 目的語, 時制, 「時制+?」の語形を文の番号順に抽出しておきました。

主語 目的語 時制 語形
1 1sg x 現在
2 2sg x 過去 tuʔ
3 1sg 3sg 過去 tɤʔ
4 1pl 2pl 現在 ki
5 2sg 1sg 現在
6 3pl 2sg 過去 tʰu
7 2pl 3sg 現在 kan
8 2sg 3sg 過去 tuʔ
9 3pl 1pl 現在 ri
10 3sg 1sg 過去 tʰɤ
a1 2sg x ? ku
a2 3sg 1pl ? tʰi
a3 3pl 2pl ? ran
a4 1pl 3pl ? ki
a5 1pl 2sg ? tiʔ
a6 1pl x ? tiʔ

まずは時制だけに注目してみましょう。

  • 現在: kɤ, ki, rɤ, kan, ri
  • 過去: tuʔ, tɤʔ, tʰu, tuʔ, tʰɤ

よって時制を表すのはkanに出てくる n 以外の子音(以下Cとする)だと分かります。現在なら kV, rV, 過去なら tVʔ, tʰV という形(Vは母音, ただし an も含める)で現れています。二つずつありますので, 子音部分は主語や目的語の人称など別のことも表し分けているかもしれません。(注 t とʔ は別々のものと考えたくなりますが常にセットで出てくるので一つのものとしましょう)

今度は主語や目的語の人称について整理しましょう。自動詞文と他動詞文で振る舞いが異なるかもしれないので, データの多い他動詞文だけに限定します。再帰は今回データにないのでグレーの影をつけています。縦軸が主語, 横軸が目的語です。そしてVでも色分けしてみました。

Sbj \ Obj1sg1pl2sg2pl3sg3pl
1sgtɤʔ
1pltiʔkiki
2sgtuʔ
2plkan
3sgtʰɤtʰi
3plritʰuran

すると, 以上の表から先ほどVと置いたところが主語か目的語の人称を表しているのが分かります。

人称 1sg 1pl 2sg 2pl
V ɤ i u an

主語か目的語が1人称であれば1人称に, そうでなければ2人称に一致しています。ここで簡単に説明をするために人称の階層という概念を導入します。1>2>3という階層をたてると, 主語か目的語かによらず人称の階層の高い方だけが表示されていると言えます。自動詞についても検証してみるとこの説明でカバーできていると分かります。

同じ表を今度はこう見てください。kV と tVʔ は表の右上だけに, rV と tʰV は表の左下だけに現れています。

Sbj \ Obj1sg1pl2sg2pl3sg3pl
1sgtɤʔ
1pltiʔkiki
2sgtuʔ
2plkan
3sgtʰɤtʰi
3plritʰuran

表の右上というのは主語→目的語が 1→2, 1→3, 2→3 つまり主語の方が目的語より人称の階層が高い場合です(順行)。表の左下は主語→目的語が 2→1, 3→1, 3→2 つまり主語の方が目的語より人称の階層が低い場合です(逆行)。 Cと置いた部分は時制と行為の方向性を表していたのでした。また自動詞文では順行形で出てきます。まとめた表が以下です。

現在 過去
順行 kV tVʔ
逆行 rV tʰV

全ての形式が説明できたので答案をまとめます。

まとめ

設問(a), (b)

  1. あなたは眠るか?
  2. 彼は私達を見たか?
  3. 彼らはあなた達を知っているか?
  4. 私達は彼らを殴るか?
  5. 私達はあなたを知っていたか?
  6. 私達は行ったか?
  7. ŋabə nɤ lan tɤʔ ne
  8. tarum kəmə ŋa lapkʰi tʰɤ ne
  9. ati kəmə nɤ cʰam ru ne
  10. nuʔrum ʒip kan ne

説明

文構造

主語 (目的語) 動詞 語X ne

  • 格は名詞の後ろにつける。
  • 能格(=他動詞文の主語につくもの)
    • 1人称単数, 2人称単数: -bə
    • それ以外: kəmə
  • 絶対格は無標(=自動詞文の主語と他動詞文の目的語には何もつかない)

語X

  • CとVの二つを組み合わせて作られる。

C

  • 行為の方向性を表す。人称の階層は1>2>3。自動詞文では順行形が使われる。
現在 過去
順行 kV tVʔ
逆行 rV tʰV

V(上記C中のVの位置に入る)

  • 主語か目的語かによらず人称の階層の高い方に一致する。
1sg 1pl 2sg 2pl
V ɤ i u an

*1:https://wals.info/feature/116A#0/22/155

*2:1人称複数の nirum は(a)-5 に出てきます。

*3:kəməを接語と分析して=kəməと表記してもok。すると後置されることをわざわざ言わずに済んで嬉しい。